新年のにぎわいが残る鎌倉駅周辺で、毎年1月1日〜3日に行われる「初えびす」と、1月10日の「本えびす」。
本覚寺の夷堂で行われるこの行事は、商売繁盛を願う人々が集まる、鎌倉の新年を象徴する伝統行事です。
夷神(えびす)はもともと漁業の神として信仰されてきましたが、現在では“商売繁盛の神様”として広く親しまれています。
境内には福笹を求める参拝者が絶えず、年の初めに福を授かろうとする人々の熱気に包まれます。
この記事では、本覚寺 初えびす・本えびすの由来、見どころ、開催日程、参拝の流れを、現地での参拝記録とともにわかりやすくまとめました。
新年の鎌倉を訪れる方は、ぜひお参りの計画に役立ててください。
本覚寺 初えびす・本えびす 時間・並ぶ場所・注意点まとめ


本覚寺 初えびす・本えびす とは
本覚寺では1月1日から3日の間に「初えびす」が、1月10日には「本えびす」が開催されます。
このお祭りは、本覚寺にある夷堂に商売繁盛を祈願するために祀られている夷神(えびす)が中心となります。
夷神は、もともと漁業の神様として信仰されていましたが、商売繁盛の神としても広く信仰されています。
夷神は源頼朝によって幕府の守り神として祀られたとも言われており、「初えびす」「本えびす」では、福娘から福銭や御神酒が振る舞われ、参拝者に幸運をもたらします。

鎌倉のまつり 行事・小事典によれば、えびす祭りはもともと大阪の風習が起源とされています。
大阪では、1月10日に「十日えびす(初えびす)」が行われ、江戸では「二十日えびす」が行われていたそうです。
エビス講の実施日は、西日本と東日本では異なり、西日本では1月10日に行われるので「十日えびす」といい、兵庫県の西宮神社や大阪府の今宮戎神社などで賑やかな祭礼が行われます。
総本社の西宮神社においてはすでに平安時代末期からエビス信仰が盛んであったといわれます。

一方、東日本では江戸時代中期以降にエビス信仰が伝播し、各家庭や商人の講中組織により1月20日と10月20日の春秋2回行われるようになり、明治初めの改暦以降、秋の方は月遅れの11月20日に実施することが多くなったので「二十日えびす」と言われるそうですね。
大阪の今宮神社で行われる「戎(えびす)まつり」では、事代主命(えびすがみ)が漁業の守り神として祀られ、その後、市神として商売繁盛を願う人々に広まりました。
元禄時代には、今日と同じような祭りが行われるようになり、参拝者は社殿にお参りした後、裏手に回ってドラを叩き、再度お願いをする習慣があるそうです。
出典:大阪市浪速区ホームページ「今宮戎(いまみやえびす)神社」

「夷」や「戎」は、もともと「異民族に対する蔑称」や「異邦人」を意味する言葉でした。しかし、日本では古くから、異邦人が幸いをもたらすという信仰があり、海の向こうから来る神としてえびす様が誕生しました。
えびす様は、漁民の信仰から始まり、やがて商売繁盛の神として全国に広まりました。毎年1月に行われる「えびす講」は、五穀豊穣や商売繁盛を願う民間信仰として知られています。
本覚寺由来
本覚寺は、1436年(永享8年)に日出によって創建されました。もともとは天台宗系の夷堂がありましたが、後に日蓮宗に改められ、現在の本覚寺となりました。
二代目住職の日朝は、身延山久遠寺にある日蓮上人の遺骨を本覚寺に分骨したことから、本覚寺は「東身延」とも呼ばれています。


日朝が眼病を患った際、法華経の加護と自らの回復力で病を治したことから、眼の病気を治す寺としても知られています。
江戸時代に松平定信が実行した「寛政の改革」に関連して、彼の筆による「東身延」の額が伝わっています。
境内には、名刀工「正宗」の墓とその石塔もあり、歴史的にも重要な場所です。
春には、しだれ桜やソメイヨシノ、八重桜などが美しく咲き誇り、訪れる人々を魅了する素晴らしいお寺です。



本覚寺アクセス
JR鎌倉駅 東口から徒歩で5分です

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