2026年6月18日、建長寺では河村瑞賢を偲ぶ年中行事「建長寺 瑞賢忌」が営まれます。
広大な建長寺の境内の中で、河村瑞賢だけの偉功を偲ぶ場所があります。
また、この時期の鎌倉はアジサイがちょうど見頃を迎え、建長寺周辺でも初夏らしい彩りが広がる季節です。瑞賢忌の法要とあわせて、北鎌倉のアジサイ散策を楽しめる一日です。
この記事では、瑞賢忌の流れと建長寺の見どころ、周辺のアジサイスポットをわかりやすく紹介します。
建長寺 瑞賢忌 スケジュール
10時から 河村瑞賢遺跡で執り行われます。
数名の僧侶の読経の後、参加者が焼香しますが、だいたい10分ぐらいで終了しますので、お気を付けください。
2024年に私が見学した時は、関係者の方数名が参加されていて、見物客はほとんどいませんでしたが、参加は無料です。



~道順~
建長寺を半僧坊へ向かう途中の左手に河村瑞賢の遺跡登り口の石碑がありますので、そこを登っていきます。


全部で100超の階段を登ったところに遺跡があります。







石碑の文字はほとんど読めないんですが、通顕の墓碑銘は、古田良一著「河村瑞賢」 吉川弘文館 1964 pp.121-123 に書かれてありますので読んでみてください。
河村瑞賢とは
江戸の物流を変えた男・河村瑞賢賢(1618〜1699)は、江戸時代前期に活躍した商人であり、土木・海運の分野で大きな功績を残した人物です。
伊勢国・東宮村(現在の三重県南伊勢町)に生まれ、13歳で江戸へ出ました。最初は車力(荷物運び)として働いていましたが、転機となったのはある出来事でした。

流れ着いた野菜から商才を発揮
品川の海岸で、お盆の供え物として流されてきた瓜や茄子を見つけた瑞賢は、それらを拾い集めて塩漬けにし、労働者向けに販売します。これが大当たりし、商売の才覚を発揮しました。
その後、人夫頭や材木商として事業を拡大し、着実に資産を築いていきます。

明暦の大火で大成功
1657年の明暦の大火では、焼けた江戸の復興に大量の木材が必要となりました。
瑞賢は木曽の山林をいち早く買い占め、材木を供給することで莫大な利益を得ます。この成功により、幕府の重臣たちにもその名が知られるようになりました。

日本の物流を変えた「東廻り・西廻り航路」
江戸の人口増加により、米不足が深刻化していた時代。幕府は東北地方からの米輸送の改善を求め、瑞賢に白羽の矢を立てます。
東廻り航路の整備
瑞賢は、阿武隈川河口から房総半島沖を経て江戸へ入る新ルートを開発。これにより輸送日数とコストを大幅に削減しました。
西廻り航路の刷新
さらに日本海側の航路も改良し、酒田から下関・瀬戸内海を経由して江戸へ至るルートを整備しました。
この西廻り航路の確立によって、日本海側の物資が安定して江戸へ届くようになり、とくに酒田は大きく発展します。また、最上川の舟運も活性化しました。

治水・インフラ整備でも活躍
瑞賢の功績は海運だけでなく、「淀川水系の大規模治水工事」「越後の用水開発(中江用水)」「鉱山開発の指導」など、全国各地で社会インフラ整備に貢献しました。
銀山の開発にも携わったようですね。
現地に赴き、自ら考えて問題を解決する「現場主義」の人物だったと伝えられています。
なぜ建長寺に葬られたのか?
こうした功績が評価され、瑞賢は晩年に武士身分である旗本に取り立てられ、禄米150俵を与えられました。そして1699年、82歳でその生涯を終えます。
瑞賢の墓は、鎌倉の名刹である建長寺にあります。その理由は主に次の2点とされています。
・瑞賢が禅宗(臨済宗)を信仰していたこと
・建長寺が幕府や武士との結びつきが強い格式ある寺院だったこと
建長寺は鎌倉五山第一位の寺格を持つ由緒ある寺院であり、晩年に旗本となった瑞賢にとって、自身の身分や信仰にふさわしい菩提寺だったと考えられています。
まとめ
河村瑞賢は、貧しい身分から身を起こし、「商人として成功」「海運ルートの改革」「全国規模の土木事業」を成し遂げた、まさに「江戸のインフラを支えた人物」です。
河村瑞賢の ゆかりの地を見に行こう!
下記のサイトで河村瑞賢のルーツが分かります。
👉 伊勢志摩観光ナビ「河村瑞賢誕生の地 南伊勢町でゆかりの地を巡ろう!」
👉 酒田市「河村瑞賢~西廻り航路を開拓したプロジェクトリーダー~」
今回のお勧め本は、伊東潤『江戸を造った男』朝日新聞 2016 です。
499頁と読み応えがありますが、歴史資料を丹念に調べて河村瑞賢の生涯を描いています。歴史小説ではありますが、河村瑞賢の一生がよくわかる本だと思います。
です。
瑞賢はアイデアマンであり、実行力のある人で、現代でも十二分に活躍するような人で、大河ドラマの主人公になってもおかしくない人物です。司馬遼太郎氏の『菜の花の沖』の中にも登場します。
行く前に読んで、北鎌倉で河村瑞賢の事績を思い浮かべてみるのはいかがでしょうか
伊東潤氏は1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に長年勤務したのち、作家として活動を開始。
歴史小説や歴史を題材にした実用書を多数執筆。2011年に『戦国鬼譚 惨』で第32回吉川英治文学新人賞を受賞、2012年には『城を噛ませた男』で第146回直木賞の候補となるなど、多くの受賞歴を持つ作家です。
河村瑞賢については下記のサイトがとてもわかりやすいと思います。
👉 中央区観光協会オフィシャル
「生誕400年材木商河村瑞賢 治水事業・廻船回り(東遷西遷) インフラ整備プロジェクトリーダーの凄さに魅了!」
鎌倉のアジサイ
鎌倉のあじさいの見頃は、5月下旬から6月下旬と言われていますが、6月の第2週ぐらいがベストのように感じます。
建長寺境内にもアジサイが咲いています
建長寺のあじさい




鎌倉でアジサイが有名なお寺は、「長谷寺」と「明月院」ですね。
どちらもとても混みます。
長谷寺のあじさい
長谷寺は時間指定しています。
長谷寺は、開花のピークにはあじさい路が大変混雑するため、拝観料(大人400円 小学生200円)のほかに、あじさい路への入場を希望される方には【あじさい券】を500円(小学生以上)を購入する必要があります。
事前にネットで予約し、その時間に行くか朝早くでしたら当日に購入できると思います(2025年情報)。当日昼過ぎに行って、あじさいを見ようと思っても券が売り切れている可能性が高いので、ご注意ください。




明月院のあじさい
明月院は山門前から長い行列ができます。明月院ブルーとも呼ばれています。




どちらも8時など朝早くに行けばスムーズに入れる可能性が高いので、ぜひ早起きして行ってみてはいかがでしょうか?
その他のお勧めスポット
それ以外でも私のお勧めは・・・
①長寿寺の横、亀ヶ谷坂方面に咲くアジサイ(こちらは道沿いですので観覧無料)


②妙法寺の裏山
総門、大覚殿、仁王門を抜け、苔の階段の横を上がり、法華堂を横目でみながら、さらに奥の大塔宮護良親王の御墓の方へ上がった山の向こう側に見えます。



③成就院
昔はもっとあったんですが・・2019年に宮城県南三陸町へ成就院参道のアジサイ262株を寄贈しています。そこからまた新たなアジサイが咲き始めています。




④鶴岡八幡宮では手水舎にアジサイ




⑤東慶寺




⑥その他のアジサイ







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