今年は? 古式ゆかしい神事を見る 献詠披講式|鶴岡八幡宮 To see a great, time-honored Shinto ritual

2月1日に鶴岡八幡宮社務所でお聞きしたところ、今年のスケジュールには入っていないということでしたので、開催されないようです。
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献詠披講式とは

献詠披講式とは、神前で和歌を曲節をつけて詠み上げる古式ゆかしい神事です。平安時代より宮中に伝わる披講の形式で行われ、天下泰平や国土安穏を願う意味が込められています。

けん‐えい【献詠】
[名](スル)宮中や神社などに、自作の詩歌をたてまつること。また、その詩歌。
出典 小学館デジタル大辞泉

披講とは、詩歌に曲節をつけて詠み上げることをいいます。披講は平安時代より宮中に伝わってきた古式ゆかしい行事です。鎌倉時代、源頼朝公が花見の宴を催した際に、管弦詩歌の儀を行ったという記述が『吾妻鏡』に見られます。また源実朝公に至っては家集『金槐和歌集』を遺すほど和歌に精通し、文人将軍として知られています。

このような故事をもとに、当宮では、春3月下旬、舞殿において「献詠披講式」を執り行います。当宮の披講式はご神前に和歌を献詠する神事として執り行われ、披講の諸役は宮中歌会始披講会の先生方の指導を受けた当宮神職が、武家の都・鎌倉の歌会に相応しく直垂に引立烏帽子という出立ちで務めます。披講される和歌は毎年、実朝公の1首、他は公募に依ります。 
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開催時間・お勧めポイント

通常は3月下旬 13時から でしたが、2026年は予定にないそうです。

【過去の情報から】
13時から神事が始まりますが、まずは神職が本宮に登られます。
その後、舞殿にて和歌が献詠されます。

13時04分
13時17分

金槐和歌集について

源実朝が編纂した和歌集として知られる「金槐和歌集(きんかいわかしゅう)」は、鎌倉幕府第三代将軍・源実朝による家集です。別名に「鎌倉右大臣家集」があり、略して「金槐集」とも呼ばれています。

題名の「金」は鎌倉を象徴する鎌の字に由来し、「槐」は大臣の位を示す槐門を意味するとされています。建暦3年(1213年)には、藤原定家から実朝に「万葉集」が贈られており、この頃に「金槐和歌集」が成立したと考えられています。

全一巻からなり、収められている和歌は663首で、写本によっては719首を収録するもの(貞亨本)もあります。内容は、春・夏・秋・冬・賀・恋・旅・雑という構成でまとめられています。

その中から、いくつかの歌を取り上げてみました。

「世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも」
百人一首に選ばれた歌です。
波打ち際の漁師の舟を引っ張っている様子を見ても心揺さぶられるな、世の中はいつまでもこんな風で変わらないでほしいなあと思う歌です。実朝さんなんか疲れちゃってたのかな?なんて思わせる歌

今回のお勧め本は、尾崎左永子著, 原田寛写真『「鎌倉百人一首」を歩く』集英社 2008 です。
万葉集に収められた古歌から現代歌人の短歌まで、鎌倉を詠んだ約50首の歌が、美しい風景写真とともに紹介されている一冊です。
巻末に地図も付いていますので、歌を通して風景を眺め、風景を通して歌人の想いに触れる――そんな静かな読書体験が味わえる内容で、それぞれの場所に結びつく短歌と、その作者の人生や時代背景が重なり合い、鎌倉という土地が持つ時間の厚みが浮かび上がってきます。

出でいなば 主なき宿と なりぬとも 軒端の梅よ 春をわするな
こちらも有名な句ですよね。実朝はこの歌を詠んだ後に公暁に殺されていますので、自分が殺されることを予言するかのような歌で、私が出て行って主なき家になっても、軒下の梅よ、春を忘れることなく咲いておくれという意味ですので、殺されることを知っていたんじゃないか?と思わせることになりましたね。

「山はさけ うみはあせなむ 世なりとも 君にふた心 わがあらめやも」
この歌の碑が鶴岡八幡宮境内にありますね。国宝館の前です。
後鳥羽院に対する畏敬の念や忠誠をうたうものであるが、そのような私が君とともに永遠にながらえて君の恵みを待つ、という第一の臣であることを言っている※1
京都や後鳥羽上皇に対する思い入れが強いですね。鎌倉の武士達からしてみれば、「おいおい・・」でしょうか。

下記3つは、鎌倉検定1級の問題に出ました。

「箱根路を わが越え来れば 伊豆の海や 沖の小島に 波の寄る見ゆ」
(第8回問題)
建暦3年正月、箱根権現への参拝を済ませ、箱根から鞍掛山を経て伊豆の方に下りてくるときに詠んだ歌で、箱根越えの道を上ってくると、眼下に伊豆の海が開けて見えると伊豆の雄大さに感動した気持ちを読んだ歌です。
建暦3年(1213年)の5月に「和田合戦」が起こりますが、それを知る由もない時に読まれた歌ですね。

「道すがら 富士の煙も わかざりき 晴るるまもなき 空のけしきに」
(第8回問題)
旅の途中、雲がかかってて富士山の煙もはっきり見えなかったよ~(たぶん残念)という気持ちを述べた歌です。今の私たちも同じ気持ちになりますね。
実朝の父である源頼朝も同じような歌を詠んでいます。道すがら富士の煙も分かざりき晴るる間もなき空のけしきに」雲がかかって富士山の煙がはっきりと見えなかったなあという歌。新古今集に載っていますが、親子そろって富士山みれんかったんかーい

「時により 過ぐれば民の 嘆きなり 八大龍王 雨やめたまえ」
(第5回問題)
「「帝王のなすべき道に目覚めた実朝」が、実際の天候に拘わらず「雨やめたまへ」と祈る将軍を演出した「将軍としての自己規定」の演出を強く見るべきであろう」と国文学研究資料館長の渡部泰明氏は述べられているそうです※1
 建暦元年7月の句ということは、1211年で実朝が20歳の時ですね。2年後の1213年には「和田合戦」が起こっています。

参考資料
1. 三木 麻子 『源実朝の和歌活動 定家所伝本金槐和歌集の表現したもの』神戸教育短期大学研 究紀要 2021 年 2 巻 p. 28-17

写本にはなりますが、『金槐和歌集』をデジタル化し保存されていますので、見てみてはいかがでしょうか? 👉『金槐和歌集』(国文学研究資料館所蔵)を改変
出典:国書データベース,https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100012350/1?ln=ja

アクセス

鶴岡八幡宮 
鎌倉駅東口を出て、小町通りを通るか、まっすぐ歩いて若宮大路から段葛を通るのがお勧めです。
歩いて10分程度です。
開門・閉門時間 通年:6時〜20時(本宮の中で参拝できるのは8時からです)
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31 
鶴岡八幡宮社務所 TEL:0467-22-0315 

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