開催時間・お勧めポイントなど
5月5日 13:00~(終了は年によって違いますが、14:30過ぎ~15:00ぐらい)
見学無料
2020年に見学した際は、12時過ぎに鎌倉宮に到着しました。
射手の方が練習していました。




13時前にほら貝の合図と共に草鹿神事が始まります。
2022年は12時50分頃から始まりました。
まずは本殿で神事が執り行われます。
だいたい10分ぐらいでした。






本殿での神事の後始まります。
的奉行が開始前に天地神明へ誓詞を述べ、公平無私の判定を誓います。
その後、1組目の射手からスタートです。



2組目と続きます



矢見が的中箇所や矢の飛び・落ち方を確認し判定をしています。
当たった矢の本数を刺していきます。


各組4人が点数を競った後、最後に各組の大将が登場します。
平射手で勝敗がつかない場合は大将戦が行われ、大将の的中は2本として数えられます。
勝利した組の大将には、「菖蒲(しょうぶ)」が褒美として授与されます。




2022年は14時30分頃、2023年は15時頃に終了したでしょうか。
5月とはいえ、この時期も相当暑かったです、ずっと立って見ているのも疲れますので、適宜水分を取りながら、離れたところで座ってみるのも必要だと思います。
日傘をさして見たいところではありますが、傘は他の人の邪魔になるので避けたいところです。
結構遠くからでも見ることが出来ました。
今回のお勧め本は、森茂暁著『皇子たちの南北朝 後醍醐天皇の分身』 中公文庫 2007 です。
後醍醐天皇には多くの子どもがいます。鎌倉幕府が滅亡した1333年には多くの皇子が活躍をしています。その中でも有名なのが、護良(もりよし)、成良(なりよし)、懐良(かねよし)、宗良(むねよし)などですが、その辺の皇子のことを丁寧に紹介しています。
このチャンスに整理してみてはいかがでしょうか。


草鹿とは
1194年(建久5年)、源頼朝ら源氏の武将が富士の裾野で巻狩をした際、家人が度々鹿を射損ねたため、古老の武士に射術の練習方法を尋ね、草を束ねて鹿の形を作り稽古をしたのがこの神事の始まりと言われています。元々は騎射であったものが、近世になって歩射の式として行われているそうです。
👉出典:原田寛写真・文『鎌倉のまつり・行事 小事典』かまくら春秋社 2021
【競技の形式】
射手は前弓(まえゆみ)と後弓(あとゆみ)の二組に分かれ、鹿の形をした的を射て的中数を競います。
【装束と作法】
射手は烏帽子・直垂などの古式装束を着用し、単なる的中だけでなく、体配(所作)、弦音・矢飛び、的中の有無、的中後の矢の落ち所や経緯、これらを総合的に奉行が判断し、「当たり」が決まる。競技中は候(そうろう)言葉による古風な問答が行われます。
【的と矢】
的:鹿の革製
矢:刺さらない神頭矢(じんとうや)(木製の玉状の矢じり)
【勝敗判定】
的中の有無だけでなく、作法や射術を含めて的奉行が最終判断する。
【問答と役割】
的奉行:開始前に天地神明へ誓詞を述べ、公平無私の判定を誓う
矢見:的中箇所や矢の飛び・落ち方を確認
射手:体配を正し、定め通り射る
体配を乱さず定めに的中すれば、采(ざい)が揚がり的中となります。
【確認と異議】
奉行が確認する際は「控えよ」と声を掛けます
矢所を問われ誤答すると外れになり、的に当たらなくても、弦音・矢音・体配が優れていれば当たりとされる場合もあるそうです。
判定に不服があれば、射手は「矢なとりそ」と止め、奉行に問いただすことができますが、ただし、奉行への過度な異論は禁止され、最終判断には従う。
【特徴】
草鹿では、矢の落ち方や落ちるまでの経緯まで細かい規定があり、奉行・射手・双方の大将による高度な問答が行われる。
矢が的に当たっても奉行からの質問に、射手が当たった場所を正確に答えられないと外れとみなされます。
【得点】
当たった矢の本数を数えて勝敗を決します。
【PR】今年の夏も厚そうですね。ネックラーも魅力的ですが、まだ少し大きいのが気になりますね。
私のお勧めは携帯扇風機ですが、首から下げられるのが特にお勧めです。歩く時日傘をさしながら、携帯扇風機を風を顔に当てるようにすると、日傘と合わせて涼しさが増します。たぶん2度は違ってくると思います。


鎌倉宮について
祭神:大塔宮・護良親王
護良親王は、南北朝動乱期において倒幕運動を主導した人物で、若くして仏門に入り、比叡山延暦寺の天台座主を務める一方、後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐に呼応しました。
鎌倉幕府滅亡後、その軍功により重職を担う立場となりましたが、政局の混乱の中で足利尊氏と対立し、鎌倉・二階堂に幽閉されます。建武2年(1335)旧暦7月23日、親王は28歳でこの鎌倉宮で非業の最期を遂げられたと言われています。
その後、時代を経て明治天皇は護良親王の志と悲運を重く受け止め、明治2年(1869)に新たな社を創建し、これを鎌倉宮と定めました。
さらに明治6年(1873)には行幸が行われ、同社は官幣中社として国家的な崇敬を受けるに至ります。
アクセス
神奈川県 鎌倉市 二階堂154
JR鎌倉駅から京急バス「鎌倉宮行き」終点下車 目の前。
バスで7~8分、歩くと約23分(1.8km)

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