4.18-19 見逃せない|華頂宮邸 建物内部の一般公開 A Rare Public Viewing of the Kachō-no-miya Residence

昭和4年(1929年)に華頂博信侯爵邸として建てられた「旧華頂宮邸」(市景観重要建築物等、国登録有形文化財)が公開されます。敷地内の庭園は、通年公開していますので見学することはいつでも(休園日:月・火・水(祝祭日の場合、翌平日)、年末年始)できますが、建物内部の公開は年に2回計4日のみです。

華頂宮と邸について

公開日:2026年4月18日、19日 10時~16時 (最終入場15時45分)
上記の時間でしたらいつ行っても大丈夫です。拝観自体は無料です。
👉 鎌倉市「旧華頂宮邸

華頂宮邸について
門から母屋までそれほど距離がなく、母屋の背後にはフランス式庭園が広がっています。
母屋から庭園を見るのも、庭園から母屋の建物を見るのもどちらも最高です。

門から母屋を見る
正面
庭から母屋を見る

1929年(昭和4)に華頂博信侯爵(1905-1970)の邸宅としてたてられましたが、華頂侯爵の邸であったのはわずか11年だそうです。

1940年には永田邸となり、戦後米軍に接収され、1970年松崎邸、1987年村田邸となり、1996年からは鎌倉市の所有するところとなり、管理されています。

3D画像で建物内を見ることができますので、ぜひ! ぐるぐる動かしていると少し気持ち悪くなるかもしれません(個人感想) 👉 旧華頂宮邸3Dモデル

今回のお勧め本は、中野正皓著『鎌倉の秘道 写真家が足で探した 切通し・やぐら・花の寺』日本写真企画 1999 です。
25年以上前の本なので、中古品しかないかもしれませんが、今では行けないような場所(私有地や通行禁止)の写真もあって興味深い。唐糸やぐら・日月やぐら、上杉憲方の墓、釈迦堂切通など・・行ってみたい場所の写真がたくさん載っていて見ていて・読んでいて楽しい1冊です。

ご自身のAmazonサイトからの購入になります。

奥には無為庵という和館があります
こちらは、無為庵は、1971年(昭和46年)に東京・上大崎の松崎邸を移築したものを増築したもので、建築年代は昭和初期以前にさかのぼります。名称の由来は、棟札に記された「六十五歳にして浄明寺宅間ヶ谷に余生を送らんが為、無為庵主」という一文によるものです。茶室の天井は中央が八角形となっており、16本の棹縁が放射状に配されるなど、独特の構成が見られます。また、柱材には、かりんや南天、皮付きの桜、竹といった珍しい素材が用いられ、非常に個性的な意匠が施されています。

あわせて移築された門も、同じく昭和46年に移されたもので、建設時期は茶室よりさらに古い昭和初期以前と考えられています。形式は薬医門で、冠木の両端には獅子の彫刻があしらわれており、一般住宅の門というより、寺院を思わせる重厚で格式ある造りとなっています。

華頂博信侯爵について
華頂宮家は伏見宮家から出ています。家系図を書いてみましたが、人数が多すぎて訳が分からなくなりそうですので、伏見宮家の当主と華頂宮家だけピックアップしても見ました。(説明が長いので家系図だけみていただいて構いません)

 長谷川功氏によれば、「伏見宮家はもともと室町時代の崇光天皇の皇子・栄仁(よしひと)親王を祖とする世襲親王家である。第3代貞成(さだふさ)親王の第一皇子の彦仁王が後花園天皇となって今日の皇統に連なり、第二皇子の貞常親王が伏見宮第4代で、その後も歴代当主は天皇の猶子となって親王に任ぜられ皇位継承権を有した。「もうひとつの天皇家」といわれるゆえんである。江戸時代末期の第20代邦家親王が子福者で、明治以降久邇宮、北白川宮など多くの伏見宮系の宮家ができた」そうです。
👉 新潟市医師会報 『旧皇族の宗家・伏見宮家に生まれて』 令和5年12月号より

邦家親王(第20代、第23代伏見宮家当主、1802-1872)がなんと、17男15女の子宝にめぐまれています。

華頂宮家はその邦家親王の第12王子である博経親王(1851-1876)が初代で、息子の博厚親王(1875-1883)が2代です。博経親王は25歳の若さで亡くなっていて、息子はその時1歳。その息子も8歳でなくなっていますので、短命ですね。

邦家親王の第14王子である貞愛親王(第22代、第24代伏見宮家当主、1858-1923)の息子である博恭王(第25代伏見宮家当主、1875-1946)が第3代華頂宮家当主となります。伏見宮家当主だったのに??
伏見宮家当主は孫の博明王に譲られました。

華頂宮家は、息子の博忠王(1902-1924)が4代目となりましたが、22歳で亡くなられてます。
大正13年(1924年)3月19日、4代博忠王が嗣子を残さず薨去したことにより宮家としては断絶しましたが、大正15年12月7日に弟の博信王が臣籍降下し華頂宮家の祭祀を継承した。
同年に結婚したので、鎌倉のこの邸には一緒に住んでいたのでしょう。その後、華頂侯爵は1951年に妻とも分かれています。

鎌倉の建物~
鎌倉の洋館ビッグスリーと言えば、「鎌倉文学館」「古我邸」と「華頂宮邸」ですね。

鎌倉文学館
鎌倉文学館は今改装工事中で、見学できるようになるのが令和11年だそうです。
👉 鎌倉市「鎌倉文学館

ここを登っていきます
入り口が見えてきました
途中にトンネルがあります
建物が見えてきました
玄関が見えてきました
実際は車でここまで来られたのでしょう
建物全景
バラ庭園が有名です
ベランダ側から海をのぞむと

古我邸は、レストラン、ウエディング会場としてオープンしていますが、通常見学は外からしか出来ないようです。👉 古我邸

古我邸
門から見た
庭から建物を見る
古我邸
建物側から
古我邸

その他にも鎌倉には多くの景観重要建築物があります。お寺や神社だけではなくそんな建物をめぐる観光も楽しいです。泊まれるホテルもありますし、レストランとして食事もできるところもあります(ドラマのロケでも使われました建物もあります)。 
👉 鎌倉市「鎌倉の景観重要建築物等一覧表」

こちらは以前にご紹介した、吉田鋼市著『鎌倉近代建築の歴史散歩』港の人 2017 です。

事前に鎌倉の近代建築について学んでおくとより深く楽しめること間違いなしです。
こちらの本は、「鎌倉洋館」「向上建築」「洋風住宅・医院」「和風住宅」「和洋共存住宅」「商店・オフィス」「ホテル・旅館」「教会・寺社建築」「戦後建築」に分け、50の建築物を紹介しています。

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アクセス

神奈川県鎌倉市浄明寺2丁目6−37
JR鎌倉駅東口 バス4番のりば 「金沢八景駅」行き又は「鎌倉霊園正門前太刀洗」行き又はハイランド循環 「浄明寺」バス停下車 徒歩6分 報国寺奥

鎌倉駅から徒歩で35分程度(約2.6km)かかりますが、天気の良いには鎌倉駅から鶴岡八幡宮や杉本寺、報国寺などの神社仏閣をめぐりつつ歩かれることをお勧めします。

年2回の公開日以外でも見学は出来ます(建物内は不可)が、ほとんど人がいない建物を静かに見学するのも一興ですね。

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