2026.6.3|葛原岡神社の例祭。神前祭と墓前祭が行われる日

神社

6月3日「例大祭」(神前祭・墓前祭)11時から本殿で開催されます(見学無料)
年に一度の例祭で、神前で祝詞をあげる神前祭と、墓前で祝詞をあげる墓前祭が行われます。

11時過ぎに神職が本殿に来られ祭祀が始まります。
11時15分すぎぐらいから巫女さんの舞が奉納されます。
だいたい30分ぐらいで終了します。

10時30分頃の様子(本殿)
11時2分頃 神職登場
11時3分頃 神職登場
11時17分 巫女の舞
11時18分 鈴の音が厳かに響きます
葛原岡から鎌倉を見る

6月3日が日野俊基の命日ですので、その前後に例祭が執り行われます。
以下は2025年のスケジュールです。

2025年5月31日(土)
宵宮祭:「御霊入れ」が行われたあと、氏子により神輿が担がれ、由比ガ浜方面に向かいます。
14時00分~:御神輿御霊入れ/由比ガ浜公会堂前
14時30分~:山車・子どもみこし
18時00分~:御神輿夜間渡御/由比ガ浜地区

2025年6月1日(日)
本祭:由比ガ浜地区から神輿が出御し、祭囃子を先頭に宮司・宮総代・手古舞が渡御します。
11時15分~:葛原岡神社よりご神体出御
13時00分~:ご神体渡御/由比ガ浜公会堂前

2025年6月3日(火)
例大祭:神前で祝詞をあげる神前祭と、墓前で祝詞をあげる墓前祭が行われます。
11時00分~:神前祭・墓前祭

鎌倉では、この祭りを夏祭りの先駆けと呼んでいて、8月16日の円応寺の閻魔縁日で夏祭りが終わると言われています。

今回のお勧め本は、森茂暁著『建武政権――後醍醐天皇の時代』 (講談社学術文庫 2115) 2012/6/12 です。
鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇が、自ら政治を行おうとした「建武の新政」の実像を描いた一冊。
武士の時代に終止符を打ち、天皇中心の理想国家を築こうとしたものの、現実は甘くなく、恩賞をめぐる不満や武士とのズレが次第に拡大。やがて足利尊氏の離反によって政権は崩壊へ――。

わずか数年で終わった「夢の政権」は、なぜ失敗したのか?理想と現実のギャップが生んだドラマを、スピード感たっぷりに楽しめる歴史書です。

1888年(明治20年)創建
祭神:日野俊基
境内社:えびす大黒天社

葛原岡神社は、後醍醐天皇に仕えた忠臣・日野俊基を祀る神社で、幕府打倒に奔走した俊基はこの地で命を落としますが、やがて足利尊氏や新田義貞らの挙兵へと受け継がれ、ついに鎌倉幕府滅亡へと続きていきます。
現在は開運や学問の神様(日野俊基が文章博士だった)として、また縁結びの神様として多くの参拝者に親しまれています。

👉 葛原岡神社境内ホームページ

【境内】

鳥居
本殿
縁結び石

日野俊基は処刑される前に「秋をまたで葛原岡に消ゆる身の露のうらみや世に残るらん」と詠みました。意味は、「秋を迎えることもなく、この葛原岡で露のように消えていく私の命。その無念や恨みは、この世に残っていくのだろうか。」でしょうか。

短い中に、「理想を果たせなかった悔しさ」と「歴史に残る想い」が込められた、とても切ない歌ですが、その怨念が鎌倉倒幕に繋がったと思うとおそろしい?

日野俊基卿の宝篋印塔
石碑

従者の後藤助光は涙ながらに俊基卿を葬り、再び京都へ上って遺骨と遺髪、辞世と形見の手紙を夫人に届けました。その後、夫人は尼となり、助光もまた高野山に入って俊基卿の菩提を弔らわれた、と言われています。

それにしても1332年に処刑されてから、葛原岡神社が創建される1888年まで556年もの時間が経過しているんですね・・

境内に合槌稲荷社があります。これはもともと鎌倉歴史文化交流館にあったものを平成25年に葛原岡神社へ遷座したものだそうです。

葛原岡神社の合槌稲荷社
鎌倉歴史文化交流館にある説明文
鎌倉歴史文化交流館にある跡地

鎌倉山

〒247-0063
神奈川県 鎌倉市 梶原 5-9-1 TEL : 0467-45-9002 FAX 0467-81-5577

場所は梶原にあるんですが、由比ガ浜の鎮守(特定の地域や建物などを守護する神様、またはその神様を祀る神社のこと)なんですよね~

葛原岡神社は、桜の季節も紅葉の季節もきれいですので、ぜひ季節季節に訪れていただきたい神社です。

北鎌倉駅から約1.5km、20分ぐらいです。途中かなり上ります。帰りは仮粧坂や源氏山を抜けて寿福寺に降りて行く道を通って鎌倉駅にいくのがお勧めです!

寿福寺から鎌倉山へ登る

寿福寺の横から源氏山に抜ける道があります。道沿いには、太田道灌のお墓や英勝寺の墓所などもあり、また寿福寺に降りる道がこれがまた・・狭くて険しくて面白いです!あまり知られていない鎌倉の穴場の道です。

寿福寺を北条政子の墓の方へ
看板が出てきました
ここを登ります
結構険しいです
登って振り返る
若干ゆるやかな登り
太田道灌の墓
太田道灌の墓
その先の英勝寺管轄の墓

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