山ノ内 第六天社 2026.7.18 |年に2回だけ門が開く特別な祭とアクセス案内

山ノ内 第六天社 門 神社

山ノ内 第六天社 は、年にわずか2回だけ門が開く特別な神社です。通常は立ち入ることのできない社殿へ登れるのは、1月1日と7月の例大祭の日のみ。

建長寺の鎮守として古くから信仰され、安倍晴明の伝承や四天王像を祀る独特の歴史も残されています。この記事では、2026年の御開帳スケジュール、過去の様子、歴史背景、アクセスまで詳しく紹介します。

⏰ 公開日
2026年7月18日
⏳ スケジュール
13:00 建長寺による読経
14:00 御霊神社による神事特にありませんが、ゆっくり拝観すれば1時間程度
📝 受付
なし(公開時間内に行けば大丈夫です)
💴 拝観料
なし
👥 混雑
見学客はほとんどいなくて氏子の人達がほとんどですが、階段も本堂も狭いので注意
👗 服装
特にありません
📸 撮影
撮影可(祭事中は動き回れません)
☔ 雨天
実施(当日ご確認ください)
⚠️ 注意点
祭事中は静かに・・でしょうか
山ノ内 第六天社 閉まっている門
普段は閉まっている門
山ノ内 第六天社 開いている門
例祭の時に開かれる 2024年7月20日撮影

2026年のスケジュールは上記の通りですが、過去に参加した時の状況を写真とともにお届けいたします。
写真の時間を見ると2026年とは若干スケジュールが異なっていますね。

👉 ホームページ「第六天社 鎌倉山ノ内上町

2019年は7月20日で、公開時間は9:30-11:30の2時間でした。

祭事は、10時 建長寺 読経、11時 御霊神社 祝詞

山ノ内 第六天社 2019年時の案内
2019年7月20日のスケジュール

2019年は10時30分に行ったので建長寺の読経は終了していました。

山ノ内 第六天社 開いている門と階段
2019年7月20日 10:25撮影
山ノ内 第六天社 階段を少し登った所
階段を少し登って振り返ったところ
山ノ内 第六天社 の小さな社
2019年7月20日 10:26撮影

階段を登って行く写真です。
登って左に折れて、また登って左に折れて、また登るとお堂が見えてきて到着です。

階段を下りて行く写真です。
結構急ですのでお気をつけて。

登った先にあるお堂や中の様子です。

山ノ内 第六天社 境内の小さな社
オープン中 2019年7月20日
山ノ内 第六天社 お堂の中
お堂の中の様子 2019年7月20日
山ノ内 第六天社 お堂の中
お堂の中の様子 2019年7月20日

この年は午後が祭事でしたね

山ノ内 第六天社 境内の小さな社
2024年7月20日 10:49
山ノ内 第六天社 神職と氏子たち
2024年7月20日 13:13 祭事中
山ノ内 第六天社 神棚
2024年7月20日 13:24

第六天とは、仏教の世界観における“欲界の最上位”に位置する強大な存在で、日本では「畏れつつも守護神として祀る」という独特の信仰へと発展しました。

仏教では他化自在天と称し魔王のような力を持つと言われ、神道では第六天神、すなわち第六番目の神とされています。
仏教でも神道でも祀られているということですね。

鎌倉の第六天社も、この流れの中で成立しています。

吉田茂穂『鎌倉の神社 小事典』(かまくら春秋社 2004) によれば、山ノ内上町の氏神社で建長寺の鎮守神とされる。徳川光圀の『鎌倉日記』(延宝二年<1674年>)に、「円覚寺ヲ出て南行シテ、第六天ノ森ヲ見ル」と書かれているそうでし、建長寺の境内図にも書かれているそうです。

第六天社の由来のプレート
第六天の由来 の銅板 2026年5月5日撮影

延宝六年の建長寺境内図原図の中に「第六天社」も描かれているそうです。
現在の社殿は1831年(天保2)の再建で、素朴ながらも端正な佇まいを保っています。

建長寺は1253年に創建されましたが、その周囲には寺を守るために東西南北へ神々が祀られました。
建長寺の南側を守護する四方鎮守の一つとして成立したと伝わる古社で、社殿内には中央に第六天、その前方に持国天増長天広目天多聞天の四天王像が祀られています。
写真はこちらで確認できます 👉 「第六天社 鎌倉山ノ内上町 写真

そのうち、現在まで明確に位置と歴史が残るのが、この第六天社です。

江戸時代の記録である『鎌倉日記』(1674年)には「第六天の森」との記述があり、当時すでに社と森が地域の目印となっていたことが分かります。

境内には安倍晴明の石碑があり、山ノ内一帯に残る晴明伝説とも深く結びついています。
火難除けの護符や呪術にまつわる話が伝わり、陰陽師信仰と第六天信仰が重なり合う独特の雰囲気を感じさせます。

山ノ内 第六天社にある安倍晴明の石碑
安倍晴明大神碑 2026年5月5日撮影

実際に安倍晴明が鎌倉に来たという事実はないそうですが、『吾妻鏡』に「鎌倉に入った源頼朝は、山ノ内にあった首藤兼道邸を移築して仮住まいとした。この家は正暦年間(990~995年)に建てられたものだが、安倍晴明の護符が貼ってあったため、200年弱にわたり火災を免れていた」とあるそうで、安倍晴明信仰があったのでしょうね・・

山之内の八雲神社にも安倍晴明石が祀られてます

まとめ
▶第六天=仏教の欲界最上位の天
▶強大な力を持つため、畏れと信仰の対象になった
▶日本では厄除け・方除けの神として祀られる
▶鎌倉の第六天社もこの流れの中で成立
織田信長が「第六天魔王」と自称した逸話が有名ですね。

鎌倉市山ノ内1525

北鎌倉駅から約1km、歩いて12分ぐらいです。途中には円覚寺、東慶寺、明月院、浄智寺、長寿寺などがありますので、寄り道しながらも楽しいです。

鎌倉にはもう1つ第六天社があります。
大船の城廻にありますので、玉縄城跡などを見学した際に寄ってみてはいかがでしょうか。

場所は ちょうど陣屋坂上バス停の前ぐらいです。

城廻の第六天社入り口
左に見える奥の階段を登ります。写真の右に見えるのがバス停です。

階段は2つに分かれていて、最初の階段が35段、2つ目の階段が27段あります。

城廻の第六天社 へ続く階段
写真の右側の階段をあがります
城廻の第六天社 へ続く階段
35段登ると鳥居が見えてきました
城廻の第六天社 へ続く階段
更に27段登りきって振り返ってみた

城廻の第六天社はこじんまりとした神社ですが、地元の人に愛されているようできれいにされていました。

例祭日は7月15日と書かれていましたが、実際にどんなことをするのかは、見学したことがないのでわかりません。
どなたか情報があればコメント欄にお寄せください。

城廻の第六天社 正面
第六天社
城廻の第六天社 祭神
祭神
城廻の第六天社 斜め後ろ姿
後ろから見た

他には、極楽寺の御霊神社境内に摂社として第六天社が、腰越の小動神社境内にも摂社として第六天社があります。

御霊神社 第六天社
御霊神社 第六天社 2019年8月撮影
小動神社 第六天社 
小動神社 第六天社 AC画像

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