鎌倉の佐助稲荷神社には「十一面観音像」が安置されています。この「十一面観音像」が年に1回開帳されます。ぜひ1年に1度のこの機会を逃さないでください。
開催時間
12時から式典ですので、少し早めに到着しているのが良いと思います。
早めに行かないと前の方に行けず、後ろの方では見えないんじゃないかと・・・
ただ、祭事が終了した後は、順番に拝観できると思います。
2025年は宮司(前の日に怪我したとか・・)が来られなかったので中止でした。(T T)
ですので、御開帳の写真がありませんが・・本来でしたら、祠の扉が開くことになります。

佐助稲荷神社と十一面観音
神社になぜ「十一面観音」が安置されているのか不思議ですよね?
佐助稲荷神社のホームページには下記のように書かれています。
佐助稲荷山への参道の登り口の社務所のとなりに十一面観世音菩薩が祀られています。縁結びの十一面観世音菩薩様で、良縁に恵まれなかった美しい姫君、赤松幸運が出家して現世の若い男女に良縁があるようにと祈願して彫ったと伝えられていています。毎年5月18日は十一面観世音菩薩様の御開帳があり(通常は非公開)、「般若心経」と「観音経」を宮司が読経します。
👉 佐助稲荷神社ホームページ「縁結び」
美しい姫君である「赤松幸運」について調べましたが、赤松幸運尼は「南足柄市史8 別編(寺社・文化財)」p208に、弁財寺(浄土宗 山号 観池山)の九世として記載があるそうです。
弁財寺の横に「清左衛門地獄池」があり、弁財天を祀る狩野厳島神社が鎮座しています。
国立国会図書館デジタルコレクション「非庵森田茂吉」には、弁財寺の院主として赤松幸運という老尼が居住していて、昭和20年正月に森田茂吉氏(大日本セルロイド株式会社、現富士フイルム)が赤松老尼を訪ねたときその真摯な言動になにか感じ入ったという様子が書かれているそうですので、明治・大正・昭和の時代の女性かと思われます。
観池山弁財寺が江戸時代初期の創建とされていますので、300百年以上つづいているお寺ですね。
赤松幸運尼がどこのお姫様かはわかりませんでしたが、南足柄市の弁財寺の尼僧時代に「十一面観音像」を彫ったのでしょうか。


佐助稲荷神社の由来
平安時代の末、源頼朝は父・源義朝が平治の乱で敗れたことにより、伊豆・蛭ヶ小島へ流されるという不遇の身となりました。長い流人生活のなかで、頼朝は北条政子と出会い、やがて結婚します。
ある時、頼朝が病に倒れて床についていた際、不思議な出来事が起こったと伝えられています。夢の中に「かくれ里の稲荷」と名乗る白髪の翁が現れ、平家打倒のために立ち上がるよう告げたというのです。この夢を神のお告げと受け取った頼朝は、再起を決意します。

1180年、源頼朝は北条氏をはじめとする東国武士とともに挙兵し、平家打倒への道を歩み始めました。数々の困難を乗り越え、1185年には弟・源義経や範頼らの活躍により壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼします。さらに1192年、頼朝は鎌倉幕府を開き、日本で初めての本格的な武家政権を築きました。
幕府の本拠地に選ばれた鎌倉は、頼朝にとって特別な場所であり、彼は生涯その地を離れることがほとんどなかったといわれています。そんな頼朝が深く信仰したのが、かつて流人時代に夢のお告げを与えた「かくれ里の稲荷」でした。



社伝によると、建久年間(1190~1199年)、頼朝は家臣の畠山重忠に命じてこの「かくれ里の祠」を探し出し、稲荷神社として再建させたと伝えられています。若い頃、頼朝は官職名から「佐殿(すけどの)」と呼ばれており、その佐殿を助けた神であることから「佐助稲荷神社」と名付けられたとされています。
源頼朝が挙兵から征夷大将軍へと出世を遂げた背景には、この稲荷神の加護があったと信じられ、佐助稲荷神社は別名「出世稲荷」「勝運の神社」として、今も多くの人々の信仰を集めています。朱色の鳥居が連なる境内は、静かな中にも力強さを感じさせ、鎌倉の歴史と頼朝の足跡を今に伝えています。
今回のお勧め本は、五味文彦, 本郷和人『吾妻鏡: 現代語訳 (1)』吉川弘文館 2007 です。
有名な「吾妻鏡」の現代語訳による解説です。日付ごとに細かく記載されていますので、当時の様子が手に取るようにわかります。この巻のシリーズは全部で15巻あるんですが、頼朝挙兵から1182年までを記載している第1巻です。
鎌倉をより詳しく知るためにもぜひ15巻全てを読破してほしい本です。


佐助稲荷神社からハイキングコース
2019年9月9日に鎌倉を襲った台風15号の影響により佐助稲荷神社も大きな被害を受けました。
佐助稲荷神社本殿の横から大仏ハイキングコースに抜ける道がありますが、そこも通行止めになってしまいましたが、今ではだいぶ整備されています。







2026年2月に佐助稲荷神社から大仏ハイキングコースへ行ってみました。ちゃんと歩けましたよ~



佐助稲荷神社の昔と今
台風19号の被害により拝殿やその後ろの本殿も修理されています。
拝殿Haiden
拝殿は神様にお参りする場所をいい、本殿すなわち神様がおられる処より前に拝殿は建てられています。



本殿 Honden
拝殿の後ろの階段を上った処に本殿があります。本殿は宮司を除く何人も入ることは許されておらず、1895年明治28年に本殿は再建されていますが、2019年の台風の後に再建されましたね。



本殿には狐の御守りがたくさん置かれています。2019年の写真と比べるとかなり整備されてきていますね。



霊狐泉 Reiko Sen
佐助稲荷境内の片隅に霊狐の神水と称される湧き水があり、生命の源であるこの水源を霊狐泉として讃えており今もこの霊狐泉は絶えることなく湧き出ているのだそうです。
ペットボトルなどに入れて持って帰ることができるので、お風呂に入れるとかでご利益に預かれそうですね。(飲むことはできません。)


アクセス
神奈川県鎌倉市佐助2丁目22−12
鎌倉駅西口から約1.4km、歩いて18分ほど
大きな石碑を右手に進むと赤い鳥居が見えてきます。数では京都の伏見稲荷に負けるかもしれませんが、壮観です。数は49基あるそうです。







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