「知らざあ言って聞かせやしょう」「問われて名乗るもおこがましいが」といった名セリフは、歌舞伎を見たことがなくても一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
これは、河竹黙阿弥が書いた『青砥稿花紅彩画(あおとぞうし はなの にしきえ)』に出てくる有名なセリフです。
別名?? 白浪五人男ですね・・
実はこの名場面、舞台背景に登場する地名の多くが鎌倉周辺なのです。
今回は、
河竹黙阿弥『青砥稿花紅彩画(弁天小僧)』名作歌舞伎全集 第11巻 東京創元社 1969年)と
河村登志夫編著『青砥稿花紅彩画 歌舞伎オン・ステージ1』白水社 1993
をもとに、物語の流れと登場人物、そして地名の意味を整理しながら「白浪五人男」の世界を歩いてみたいと思います。
白浪5人男 のストーリー
正式には、「青砥稿花紅彩画 あおとぞうしはなのにしきえ」ですが、通称「白浪五人男」と言われていますね。
1862年3月、江戸市村座で初演。
作者 河竹黙阿弥 48歳の時だそうです。
1868年が大政奉還ですから、ほぼ幕末ですね。
時代背景は、北条時頼が出てきますので鎌倉時代ということでしょうか・・・
細かいストーリーは別にゆずるとして、あらすじをざっくり言いますと
序幕:長谷寺(初瀬寺)観音堂の場:物語の導入。弁天小僧の悪事が始まる場面。
物語の発端。弁天小僧の“変装と騙し”が描かれる。
千寿姫が初瀬寺(長谷寺)へ供養に訪れる
弁天小僧菊之助が 武家の若君・小太郎に変装
南郷力丸が 従者に変装
二人は千寿姫を巧みにだまし、千寿姫は「小太郎が迎えに来た」と信じてついていく
ここで弁天小僧の“色事・騙しの手口”が鮮やかに描かれる
二幕目:浜松屋の場(名場面):作品中もっとも有名な“名乗りの場”。歌舞伎の名場面。
弁天小僧の正体が暴かれ、名セリフが飛び出す。
弁天小僧は今度は「武家の娘」に変装し、呉服店・浜松屋で金品を騙し取ろうとする
しかし店の者に怪しまれ、ついに正体が露見
追い詰められところを開き直り
「知らざぁ言って聞かせやしょう」
と名乗りを上げる
ここで弁天小僧の本性・美学・悪党としての誇りが一気に噴き上がる
南郷力丸が助太刀に入り、二人は逃走
大詰:稲瀬川勢揃いの場(白波の場):歌舞伎らしい“見得”と“名乗り”が連続する大詰。
五人男が勢揃いし、堂々と名乗りを上げるクライマックス。
弁天小僧・南郷力丸が仲間と合流し、白浪五人男が勢揃い
弁天小僧菊之助
南郷力丸
日本駄右衛門
忠信利平
赤星十三郎
稲瀬川の河岸で追手に囲まれ、五人男は覚悟を決める
一人ずつ名乗りを上げる「勢揃い」が圧巻
最後は捕らえられ、白浪五人男の物語は幕を閉じる
白浪五人男 ― 登場人物
白浪五人男 とは?
全3幕9場、登場するのは
日本駄右衛門、弁天小僧菊之助、忠信利平、赤星十三、南郷力丸の5人です。





画像:東京都立図書館デジタルアーカイブ(許可済)
白浪五人男の首領。遠州浜松の生まれ。義賊として名を馳せる。
江ノ島岩本院の稚児上がり。女装の美人局を得意とする。17歳という設定。
江戸育ち。手癖の悪さから抜け参りし、西国を渡り歩く。
元武家の中小姓。盗みが発覚し自害しようとしたところを利平に救われ、駄右衛門の配下に。
浜育ちの船盗人。荒くれ者だが義理堅い。
二幕目:浜松屋の場
弁天小僧は武家の娘に化け、南郷力丸をお供に雪ノ下の呉服屋・浜松屋へ。
わざと万引きしたように見せかけて店をゆすり、百両を巻き上げようとしますが、居合わせた武士に男と見破られます。
その武士こそ日本駄右衛門。
店を信用させて夜に押し入るための芝居でした。

夜に弁天小僧菊之助と南郷力丸が、お店に押し込み盗みを働こうとした時に驚くべき事実が判明します。
浜松屋主人・幸兵衛の実の息子 が、弁天小僧菊之助で
幸兵衛の養子の宗之介が、日本駄右衛門の実の息子だった
のです。
つまり、
弁天小僧と宗之介を取り違えて育ったという、歌舞伎らしいご都合主義の展開。
演劇学者・河竹登志夫(黙阿弥の曾孫)は、この取り違え等のやりとりの場面を
「むしろ失敗だと思う」
と辛口に評しています。
舞台はこんな感じです
浜松屋で弁天小僧が緋鹿子(ひがのこ)を万引きしたと思わせ、番頭与九郎が弁天小僧の額に傷を負わせる。
緋鹿子は山形屋で購入したものということを証明され、浜松屋が平謝り。
額に傷を負合わせたこともあり百両で穏便に済まそうとしたところ、奥から日本駄右衛門が出てきて、弁天小僧が男でかたりであることを見破ります。
そこで、弁天小僧が開き直り、足で煙草盆を引き寄せ、尻を捲り、胡坐をかいて、有名な口上を述べます。
知らざあ言って 聞かせやしょう
浜の真砂と 五右衛門が
歌に残せし 盗人(ぬすっと)の
種は尽きねえ 七里ヶ浜
その白浪の 夜働き
以前を言やあ 江の島で
年季勤めの 児ヶ淵(ちごがふち)
江戸の百味講(ひゃくみ)の 蒔銭(まきせん)を
当てに小皿の 一文字 (いちもんこ)
百が二百と賽銭の
くすね銭せえだんだんに
悪事はのぼる上の宮(かみのみや)
岩本院で講中(こうじゅう)の
枕捜しも度重なり
お手長講(てながこう)と札付きに
とうとう島を追い出され
それから若衆(わかしゅ)の 美人局(つつもたせ)
ここやかしこの寺島で
小耳に聞いた祖父(じい)さんの
似ぬ声色(こわいろ)で 小ゆすりかたり
名さえ由縁(ゆかり)の 弁天小僧菊之助という小若衆さ
です。
この後、南郷力丸の口上もありますが、鎌倉は出てこないので割愛します。
七里ガ浜、江の島、稚児が淵、岩本院が出てきますね~






大詰: 稲瀬川勢揃い
浜松屋の手代が訴えて捕物がやってきます。
逃げた日本駄右衛門らは稲瀬川(初演では稲村ケ崎)で5人が揃いますが捕手に囲まれます。
ここで、歌舞伎史上屈指の名場面
「稲瀬川勢揃い」
となり、五人がそれぞれ名乗りを上げます。
脚本では「稲瀬川に桜とあいなる」と書かれていますが、鎌倉の稲瀬川には桜はないですよね。
でも実際は隅田川が本当の舞台で、幕府の取り締まりから逃れるために設定場所を変えています。
隅田川の桜は今でもきれいですよね・・・


捕物達が
初瀬寺から稲瀬川、この界隈にいぬからは、
朝比奈の切通しを超え、六浦(むつら)の方へ行ったか知らぬ。
という口上もありますね。
初瀬寺は長谷寺のことらしいです。


ここに5人が現れ捕手に取り囲まれる
ここで5人の口上が始まります。
問われて名乗るも おこがましいが
生まれは遠州浜松在 十四の年から親に放れ
身の生業(なりわい)も白浪(しらなみ)の 沖を越えたる夜働き
盗みはすれど非道はせず 人に情けを掛川(かけがわ)から
金谷(かなや)をかけて宿々(しゅくじゅく)で 義賊(ぎぞく)と噂 高札(たかふだ)に
廻る配布(はいふ)の盥(たらい)越し 危ねえその身の境涯(きょうがい)も
最早(もはや)四十に人間の定めは僅わずか五十年
六十余州に隠れのねえ 賊徒(ぞくと)の首領 日本駄右衛門

さて、その次は江ノ島の 岩本院の稚児(ちご)上がり
ふだん着慣れし振袖から 髷まげも島田に由比ヶ浜
打ち込む浪(なみ)にしっぽりと 女に化けて美人局(つつもたせ)
油断のならぬ小娘も 小袋坂(こぶくろざか)に身の破れ
悪い浮名(うきな)も竜ノ口 土の牢へも二度三度
だんだん越える鳥居数(とりいかず) 八幡様の氏子(うじこ)にて
鎌倉無宿(むしゅく)と肩書きも 島に育ってその名さえ
弁天小僧 菊之助

続いて後に控えしは 月の武蔵の江戸そだち
幼児(がき)の折から手癖が悪く 抜け参りからぐれ出して
旅をかせぎに西国(さいこく)を 廻って首尾も吉野山
まぶな仕事も大峯(おおみね)に 足を留めたる奈良の京
碁打ちと言って寺々や 豪家(ごうか)へ入り込み盗んだる
金(かね)が御嶽(みたけ)の罪科(つみとが)は 蹴抜(けぬけ)の塔の二重三重
重なる悪事に高飛びなし 後を隠せし判官(ほうがん)の
御名前騙り(おなめいがたり)の 忠信利平

またその次に列(つら)なるは 以前は武家の中小姓(ちゅうごしょう)
故主(こしゅう)のために切取りも 鈍き刃(やいば)の腰越(こしごえ)や
砥上ヶ原(とがみがはら)に身の錆(さび)を 研ぎなおしても抜け兼ぬる
盗み心の深翠(ふかみどり) 柳の都谷七郷(やつひちごう)
花水橋(はなみずばし)の切取りから 今牛若(いまうしわか)と名も高く
忍ぶ姿も人の目に 月影ヶ谷(つきかげがやつ) 神輿ヶ嶽(みこしがたけ)
今日ぞ命の明け方に 消ゆる間近き星月夜(ほしづきよ)
その名も 赤星十三郎

腰越、月影ヶ谷、星月夜の星月の井などが出てきますね



さて、どんじりに控えしは 潮風荒き小ゆるぎの
磯馴(そなれ)の松の曲がりなり 人となったる浜育ち
仁義の道も白川の 夜船へ乗り込む船盗人(ふなぬすびと)
波にきらめく稲妻の 白刃に脅(おど)す人殺し
背負って立たれぬ罪科(つみとが)は その身に重き虎ヶ石(とらがいし)
悪事千里と言うからは どうで終しまいは木の空と
覚悟は予かねて鴫立沢(しぎたつさわ) しかし哀あわれは身に知らぬ
念仏嫌えな 南郷力丸

5人の口上で出てくる場所は、江の島、腰越、小袋坂は巨福呂坂、竜ノ口、月影ヶ谷、星月夜は星月の井、小袋坂は巨福呂坂、由比ガ浜、八幡様はいくつかありますが、鶴岡八幡宮で・・・
小ゆるぎは、大磯から国府津にかけた海岸のことらしいですが、まあ、腰越の小動(こゆるぎ)神社も見ておきましょう。






でもこの稲瀬川勢揃いの場面では捕まらないんで逃げるんですよね~
大詰: 極楽寺山門の最期
ひょんなことからら信田家の重宝胡蝶の香合を追って、極楽寺まで来た弁天小僧菊之助。
実は宝を餌にここまで釣り寄せられたのでした。
弁天小僧菊之助は極楽寺の山門で腹掻っ捌いて自害します。


それを見ていた日本駄右衛門も青砥藤綱らに取り囲まれます。
歌舞伎では極楽寺の本堂が出てきます


ここで藤綱
いま我君の御武徳にて、太平謳う時に望み世界を騒がす日本駄右衛門、搦め取らんと来るか来る途中下部の者が滑川へ孔方十銭落とせしゆえ・・・
と、滑川に十文を落としたのを家来に五十文で松明を買って探させた。
「十文探すのに五十文使って損をしている」と同僚に言われたのを「銭が川に沈んだままでは、永久に使われない。五十文で松明を買えば、松明を作っている人や売っているお店の人の役に立つ」
と言った青砥藤綱の故事を入れてますね。

ばらばらに逃げたはずの、南郷力丸、赤星十三、忠信利平も捕まったと聞き、日本駄右衛門も観念します。
藤綱は、当四月は先君の大法会だからと助けるのも義賊と
見逃すことにします。
日本駄右衛門はお縄にかけてくだされい。
と言って幕がおります。
白浪五人男 鎌倉にゆかりの場所を歩く順番 お勧め!
物語には
雪ノ下・由比ヶ浜・稚児ヶ淵・竜ノ口・八幡宮・腰越・極楽寺など、鎌倉の地名が多数登場します。
作者の河竹黙阿弥さん、鎌倉には取材に来たのかしら?
よく地名を調べてますよね~
歌舞伎の名場面を、鎌倉の風景と重ねながら歩くと、
白浪五人男の世界が一気に身近になるはずです。
ざっくりと出てきた場所を確認しましょう。

紹介した先を回る際に、第一幕から順番に回ると行ったり来たりすることになりますので、
江の島から行きましょう!
例えば、
江の島で岩本楼を見て、エスカーで上に上がり、稚児がぶちに・・・そこから(せっかくですので、洞窟もみて)、船で戻り、龍口寺まで・・
江ノ電にのらず腰越から海岸に出て海沿いを歩いて七里ガ浜へ・・
その後、内陸に入り極楽寺へ・・
極楽寺を見学した後、稲瀬川まで歩き、北上し長谷寺へ。
長谷寺から、(ここはせっかくですので江ノ電に乗りましょう)鎌倉駅に行き、小町通を歩いて着物レンタルやなどを見て、(呉服屋での菊之助の口上を思い出しながら)最後に鶴岡八幡宮(鎌倉の顔とも言うべき神社ですので)へお参りし鎌倉駅に戻って終了です。
朝比奈切通と青砥藤綱邸跡の石碑はあきらめましょう。(笑)
小田急片瀬江ノ島駅から終点鎌倉駅までで約12kmです。
時速4kmで歩いて、観光しつつ、食事もしてとなると7時間ぐらいでしょうか?
あなたもどっぷりと歌舞伎の世界にはまって見ましょう。
このあと、歌舞伎で演目があれば見ると楽しいですよね?!

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