今年も長谷にある旧山本条太郎別荘(神霊教鎌倉錬成場「霊源閣」)の一般公開がやってきます。
せっかく訪れるなら、ただ建物や庭を眺めるだけではもったいないですね。
実は、この建物には数寄屋造りならではの工夫や、庭と建物を一体として楽しむための見どころが数多く隠されています。
今回の記事では見るポイントを実際の写真とともに分かりやすく紹介します。
「ただ見て終わる」のか、「意味を知って見学する」のかで、建物や庭が語りかけてくる内容は大きく変わります。
公開日に訪れる前にぜひ予習して、旧山本条太郎別荘の魅力を何倍にも楽しんでいただければと思います。
門を入って庭や玄関を見る
長谷駅から歩いて旧山本条太郎邸までやってきました!
門に入ると長い砂利道と右手に広いお庭があります。
ひつじさんもいるので、ゆっくりと眺めましょう。



砂利道を歩いていくと門があり、門をくぐって登っていくと玄関があります。
よく手入れをされています。



書院造りと数寄屋造り
書院造りは武家の公式空間に用いられた格式の高い座敷建築で、数寄屋造りは茶室趣味を取り入れた自由で繊細な住空間の様式です。(コトバンク)
書院造りは、室町時代に武家や大名の住まいとして発展した建築様式です。
床の間や違い棚、書院を備え、良質な木材を用いて整然と造られることから、格式や権威を感じさせる重厚な空間が特徴です。
一方、数寄屋造りは、安土桃山時代から江戸時代にかけて茶の湯の文化とともに発展した建築様式です。
自然木や竹などの素材を生かし、茶室に見られるような簡素で落ち着いた意匠を取り入れることで、「わび・さび」の美意識を表現しています。
簡単にいえば、書院造りが「格式を重んじる公的な空間」なら、数寄屋造りは「自然の趣を楽しむ私的な空間」といえるでしょう。
現在の和風建築では、両者の特徴を取り入れた建物も多く見られます
| 項目 | 書院造り | 数寄屋造り |
|---|---|---|
| 発展した時代 | 室町時代 | 安土桃山時代~江戸時代 |
| 主な担い手 | 武家・大名 | 茶人・文化人 |
| 印象 | 格式的・荘重 | 軽やか・風流 |
| 材料 | 良質な木材を整然と使用 | 自然木や竹を活用 |
| 代表的な要素 | 床の間・違い棚・書院 | 茶室・にじり口・自然な意匠 |
| 美意識 | 権威と秩序 | わび・さび |
(生成AIで作成)
書院造りは、基本的に節のない材を使うほうが格式が高いんだそうです。
こんなざっくりとした知識をもって見て行きましょう。
和室を見る
玄関を入り、正面の大きな階段をコの字に登ります。
2階の右手に客間があり、左に回ると主人が使っていた居間があります。


和室では、立ったままではなく座った姿勢で眺めることで、本来意図された空間の美しさを味わうことができます。
特に上座は、その部屋でもっとも美しく見えるように設えられた場所です。
床の間を背にして座り、目の前に広がる景色を眺めてみましょう。
庭があれば、その部屋ならではの格別な眺めを楽しむことができるはずです。

まずはこの2つの和室について見て行きましょう。
昔とはいえ、かなり広い客間ですね。
当然景色も最高のものになるように造られていますし、柱や欄間にも意匠が施されていますので、ここもゆっくりと拝見。
この欄間にも意味というか言われがあるので、ぜひ現地にお越しの際はスタッフの方に質問してみてください!
座って床の間を見てみる
・床の間がある
・違い棚がある
・書院(窓際の机のような造り)がある
・欄間や格天井などの装飾が施される
・襖や障子で部屋を仕切る
違い棚はあえて作っていないそうですが、書院造りの特徴をよく表している部屋だと思います。
客間の床の間はお客様が座る様にクッション性のある畳を使用しているそうです。
床の間の隣が床空で、その隣が付書院
私たちが座ることはできませんが、お客様になった気分で見てみましょう。


床の間を背にして庭を見てみる

よく庭から池が見えたりしますよね?
山本条太郎邸は相模湾(由比ガ浜)を借景としているそうです。
由比ガ浜の奥の山々(逗子方面ですね)を蓬莱山に見立てているようです。
う~ん・・・木が成長していて少し見ずらいかも・・
下地まども作っていて手が込んでいますね。


客間の周りに板張りの廊下があります。
お客様をご案内した際に、女中はお客様に続いて客間に上がるのではなく、外からぐるりと回って客間にお茶などを持っていくそうで、その時に歩くのがこの板張りなんだそうです。

玄関から階段を登った時に左に行った左手の部屋。
実はこの居間の方が、格式が高いんだそうです。
客間じゃなくて?
と思いますが、ここがもともと別荘だったのと、お客様によりくつろいでいただこうというおもてなしの表れだそうです。
床の間を見てみる

床の間を背にして庭を見てみる

こちらは鎌倉の谷(やつ)を利用していますね

居間にある火鉢

茶室を見る
奥に茶室が2つあります。
1つは無畏庵


湯を沸かす炉がありますが、ここを畳で塞いで部屋としても使っていたそうです。
もうひとつは昭和31年から住んだ九鬼氏が造った茶室。
茶室ですので当然「にじり口」がありますが、この茶室は頭を下げないで入ることが出来る扉もあります。
これは武士が頭を下げずに茶室に入れるようにするためだそうです。


さすが九鬼水軍の流れを汲んでいますね・・
数寄屋建築の棟梁、笛吹嘉一郎(うすいかいちろう)が造ったそうですが、知りませんでした。
また茶室の外には手を清める「つくばい(蹲踞、蹲)」が置かれていますが、ここは降り蹲踞(つくばい)といって、わざわざ下に降りて行って手を清めたり、口を漱いだりするように造られているそうです。

これも風情でしょうか
奥の茶室では、松平不昧公が持ってきた灯篭や、富士山から持ってきた大きな石も置かれています。
松平不昧(治郷)は、破綻寸前だった松江藩を立て直した名君です。徹底した改革で藩財政を再建する一方、茶の湯をこよなく愛し、高価な茶道具を収集して「日本一の茶人大名」と呼ばれました。茶道や和菓子、工芸の発展にも力を注ぎ、松江を今も「茶の湯文化のまち」として知られる地域へと育てた人物です。
つくばい(蹲踞、蹲)とは、日本庭園の添景物の一つで露地(茶庭)に設置される。
茶室に入る前に、手を清めるために置かれた背の低い手水鉢に役石をおいて趣を加えたもの。
ちなみに、茶室からも海が見えるように設計されているそうです。
木が成長して見えにくくなっている場所もありますが・・・
先ほど節の無い木のほうが良いと書きましたが、九鬼氏が建てた部屋はあえてこの節がある木を使っているんだそうです。
茶室の写真の木を見てください。
結構節がある木ですよね。

ここにも趣味人としてのこだわりでしょうか?
ですので、この木が屋敷のどこから使用されているかを注意してみていくと、増築した部屋が分かりますので、ぜひ探してみてください!
庭園を見る
山本条太郎邸の庭にはひときわ大きな石があります。
この大きな石に立って景色を眺めてみましょう!
昔はもう少し開けていたと思いますので、由比ガ浜や奥の逗子の山々などもよく見えたでしょうね~


他にも灯篭や奥に続く石を引き詰めた庭などを散策してみましょう!
茶室を外から眺めるのもいいですね






旧山本条太郎邸とは?

旧山本条太郎別荘は、現在は神霊教鎌倉霊源閣として保存されています。長谷の桑ケ谷にある海抜約40メートルの高台に建つ数寄屋建築で、1918(大正7)年に山本条太郎が別荘として建てました。
もともと広大な敷地は妻の実家の所有地だったそうで、「さすが財界人、別荘も規模が違うな」と思っていたら、そうした背景があったのですね
その後、昭和31年に九鬼氏が買い取り、(柱の形・種類によって、どこから九鬼氏が増築したのかが分かりますのでぜひ探してみてください!)
昭和57年からは神霊教が所有しているそうですが、ここでは一切宗教活動はしておらず、あくまでも鎌倉の貴重な歴史建造物を保存するために管理しているそうです。
すばらしいですね!

旧山本条太郎邸アクセス
旧山本条太郎別荘(鎌倉市長谷3-2-11)
江ノ電長谷駅から徒歩9分(約550m)
旧山本条太郎邸については2025年にもブログで紹介しています。
こちらは、旧山本条太郎邸全体の観方や注意点を中心に書いていますので、ぜひご覧ください!
👉 2025.11.29–30 旧山本条太郎別荘 一般公開 |近代数寄屋建築と庭園の魅力を楽しむガイド

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