2025.9.7 十二所神社例大祭 の見どころと時間 まとめ

十二所神社の階段と鳥居と本殿 神社
十二所神社 鳥居と本殿

十二所神社例大祭(9月7日)は、地域で毎年行われているお祭りです。

祭りの由来、見どころ、開催時間、アクセスを実際に訪れた体験にもとづいて分かりやすくまとめています。

初めて行く方でも安心して楽しめるように、必要な情報を丁寧に紹介します。

⏰ 開催日
2025年9月6日(土)宵宮17:00~ / 9月7日(日)式典10:00~
📝 受付
なし
💴 拝観料
なし
🏛 拝観場所
十二所神社境内と神輿渡御ルート
👥 混雑
混んでません。ほぼ地元の人
⏳ 所要時間
日曜日の祭礼は30分程。神輿渡御はスケジュールをご確認ください
👗 服装
特にありません。十二所神社は虫よけがあると良いです
📸 撮影
撮影可
☔ 雨天
実施
⚠️ 注意点
特にありません。祭礼を見学する人(祭りに参加する地元民以外)はほとんどいませんが・・
🌟 お勧め
例大祭を見学後、朝比奈切通か明王院などを見て回って、12:30頃からの神輿渡御を見学する

9月6日(土) 宵宮17:00~  9月7日(日) 式典10:00~

十二所神社例祭の案内ポスター
2025年の案内ポスター
2022年の様子

10:00から祝詞始まりの少し前に到着。地元の氏子の人しかいなかったような感じですが、見ていて楽しかったです。

十二所神社に登る石段
10時11分 始まりそう
十二所神社 例祭が始まる前の様子
10時12分 2022年撮影
十二所神社 神事が執り行われている
10時38分 神事

虫よけスプレーなどをお持ちすることをお勧めします。

12:30から神輿渡御開始ですので、その時間に合わせて行くと神輿と一緒に歩いたり、太鼓をたたいている子どもたちを見たりと面白いかも。

近くに朝比奈切通や熊野神社(住所は横浜)、十二所果樹園など見どころがたくさんありますので、そちらにも足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

〶248-0001 鎌倉市十二所285

鎌倉駅東口から「鎌倉霊園正門前大刀洗行バス」で十二所神社で下車(約19分)。バス停からは歩いて5分。
鎌倉駅からは約3.5km、歩いて45分ほどですので、天気が良い日は歩くのも気持ちがいいです。

十二所神社ルート – Google マイマップ
十二所神社ルート

鎌倉の十二所神社でお祭りが行われます。相模風土記によると、古の頃、十二所神社は「熊野権現社」といい、弘安元年(1278年)の創建とされています。光触寺の境内にありましたが、天保9年(1838年)現在の場所に移転しました。出典:鎌倉寺社めぐり

十二所神社 本殿の静かな佇まい

十二所にはかつて十二の字(あざ)があったそうです。十二所町内会ホームページ

十二所神社の近くには朝夷奈切通や十二所果樹園、熊野神社(横浜ですが)があります。ぜひ足を伸ばしてほしい場所です。

朝夷奈切通 十二所果樹園 案内標識
朝夷奈切通 案内
朝夷奈切通の静かな風景 道が濡れている
朝夷奈切通
朝夷奈切通と緑が多いい木々
朝夷奈切通

熊野神社

朝比奈切通へ向かう道を進むと右は十二所果樹、左が熊野神社に向かう道という案内標識が出てきます。

熊野神社
朝夷奈切通 十二所果樹園 への道標
写真の左の道を行くと熊野神社で、右に行くと十二所果樹園

切通の横には石碑がぽつんぽつんと立っています。
元号を調べ、こんな昔にここに建てられたと思うとまた面白い。

熊野神社へ続く道
2022年撮影 台風の影響
熊野神社 拝殿の厳かで静かな佇まいの風景
熊野神社
熊野神社へ登る階段と山門
この階段を登ってきました。

十二所果樹園

鎌倉風致保存会が管理しています。園内の梅林の木の本数は鎌倉一で、花の時期は白梅の名所としても知られています。

園内の展望台からの景色も最高です。

十二所果樹園
十二所果樹園の閉まっている門
入り口
十二所果樹園の中にある十二所果樹園の案内図
十二所果樹園の案内図
十二所果樹園の展望台からみた景色
展望台から見た景色

十二所神社は、大町の八雲神社まで行っていくといただけます(令和4年時点)
御祭神 天神七柱(あまつかみななはしら)地神五柱(くにつかみいつはしら)

十二所果樹園御朱印
大町の八雲神社でもらえる十二所神社の御朱印
由来

『鎌倉市史』によれば、鎌倉時代中期ころには前身となるお堂があったと考えられると言います。
理由は、『新編鎌倉志』(1685年)に鎮守として熊野権現の小祠があったと書かれているからだそうです。

『鎌倉大草紙』(江戸時代初期)に十二所という地名が存在していること。
『光触寺古図』(江戸時代初期)の中に「熊野」と書かれていること。
明王院所蔵の棟札(1838年)に「熊野十二所権現社」とあることから、十二所に熊野権現があって、その祠が鎌倉時代には既にあったと考えられることからだそうです。

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