春(5月・6月)と秋(10月・11月)にしか公開されない昭和の作家吉屋信子氏の住まいだった家、しかも近代数寄屋建築の第一人者であった吉田五十八氏により設計された家をぜひ見に行こう。
公開日スケジュール
令和8年度春の一般公開(事前の申し込みは不要です)は、
①4月30日~5月5日
②5月の土曜日・日曜日
③6月1日~6月3日の3日間
④6月の土曜日と日曜日
の期間です。
開館時間は、10時00分~16時00分(入館は15時45分まで)入場無料 です。

建物の構造と外観
木造平屋建(一部にコンクリートブロック造の倉庫を付属)で、スレート葺き屋根
建築面積 213㎡(主屋)
建築年:1962年(昭和37年)
外観は質素で落ち着いた和風住宅。長い土塀と小さな門が特徴で、鎌倉の谷戸の静けさに溶け込む佇まいです。



記念館平面図
内部空間の特徴は、 玄関 → 応接室 → 和室 → 書斎 → 寝室と続く生活動線となっています。
吉田五十八らしい、生活と創作が自然につながる平面構成が採用されています。

玄関
玄関も今の家ではなかなかない広さです。



応接室(洋室)
お客さんや編集者との打ち合わせにも使われた部屋でとても広々しています。
大きな窓からの日差しと解放感がすばらしいです。
女流作家などの写真も掲載されています。
玄関を上がると右てにショーケースとその奥にダイニング、正面に和室。左側にソファーがあります。



和室
応接室の脇にあるこの部屋は、数寄屋の工夫が光る空間で、床が一段高くつくられています。
洋室の椅子に座る人と自然に目線が合うよう配慮された設計です。
数寄屋建築とは、茶室の美意識をもとにした日本独自の住宅様式で、質素ながらも洗練された美を追求する建築です。
素材の持ち味を生かし、柱や梁の見せ方、障子や襖の配置などに細やかな工夫が凝らされています。
華美ではなく、静けさや余白の美を重んじる点が特徴で、吉田五十八の設計にもその精神が息づいています。
床の間は床柱を使わず、すっきりとした意匠にまとめられています。
天井の一部には落ち天井が設けられ、室内に軽やかな表情が加わっています。



「落ち天井」とは、天井の一部を低くして段差をつける意匠のことです。
空間に変化を与え、視線を誘導することで部屋全体を軽やかに見せる効果があります。吉屋信子記念館では、この落ち天井が和室に柔らかな陰影を生み出し、静かな空気感を際立たせています。
控えめながらも、建築家の繊細な感性が感じられる部分です。
書斎
北側に配置され、庭を望む静かな環境で、執筆に疲れたときに庭を眺めて休んだとされます。
窓にはめられた障子に裏庭が見えるようにくりぬいてあるのがまた素敵ですね。
書斎の中までは入れません。


寝室
寝室は、生活空間がそのまま残る貴重な部屋です。
窓からは谷戸の庭が見え、静かな環境の中で過ごした作家の生活を感じられるスポットです。



ショーケースの奥に見える扉を開けるとトイレとお風呂が・・これもまたおしゃれですね


庭
谷戸の地形を生かした緑豊かな庭です。



各部屋から庭を眺めた感じの写真です。



玄関まで続く石畳のアプローチとなっていて、敷地内には井戸や石灯籠も残ります。
門から玄関までと、玄関から門までの動画を2つお楽しみください。
平面図のなかに?を入れました。ここは入れないんですが書庫だそうです。
その他の情報
文化財として2017年(平成29年)に国の登録有形文化財に登録されています。
登録対象:主屋・門・塀
5月を見逃した人は6月にぜひ!
アジサイの季節に鎌倉散策は最高です。長谷寺も近いので合わせて寄ってみてはいかがでしょうか。
長谷寺で整理券をもらって、空いた時間で吉屋信子記念館を訪れるのもありです。
時間があれば大仏(高徳院)もぜひ立ち寄りたい場所です。
鎌倉のアジサイについては別のブログで紹介していますので、ぜひ覗いてみてください
👉 建長寺の瑞賢忌と鎌倉のアジサイ散歩
桜の季節も鎌倉は最高です!2027年はぜひ!
👉 2026年|鎌倉の桜はどこで見る?エリア別の名所とおすすめ散策コースを写真付きで紹介
春を見逃した人は秋の一般公開(事前の申し込みは不要です)で!
①10月1日~10月3日の3日間
②11月1日~11月3日の3日間
③10月と11月の毎週土曜日と日曜日
です。
開館時間は、春と同様に10時00分~16時00分(入館は15時45分まで)入場無料 です。
アクセス
鎌倉市長谷一丁目3番6号

江ノ電 由比ヶ浜駅から525m、歩いて約7分、長谷駅からは825m、歩いて約10分ですが、天気がよければ鎌倉駅から歩いてみてはいかがでしょうか。鎌倉の裏道を歩いて1300m、約15分ぐらいです。
ちなみに吉屋信子記念館から長谷寺へは歩いて12分ぐらいです。
大仏も近いですよ。
吉屋信子とは

作家としての歩み
吉屋信子(1896–1973)は、大正から昭和にかけて活躍した女性作家です。
少女小説の金字塔 『花物語』 をはじめ、家庭小説・歴史小説まで幅広く手がけ、当時の女性読者から絶大な人気を集めました。
彼女の作品は、「女学生の友情、女性の自立、社会の中で揺れる心」を繊細に描き、少女文化の形成に大きな影響を与えた作家として知られています。


生きた時代と評価
吉屋が活躍した大正〜昭和前期は、女性の教育や社会進出が進み始めた時代です。
その中で彼女は、女性の感情や連帯を丁寧に描き、読者の共感を集めました。
一方で、戦時中には従軍記者として活動したことから、戦後に批判も受けています。
しかし近年は、
女性同士の連帯(シスターフッド)
同性パートナーとの共同生活
女性史への貢献
といった観点から再評価が進んでいます。
鎌倉との関係
吉屋信子は 1950年代以降、鎌倉に居を構え、亡くなるまでの約20年を過ごしました。
この家は、彼女のパートナーである門馬千代と共に暮らした場所で、創作の中心地でもありました。
住んでいた家は吉屋の没後、遺志により鎌倉市へ寄贈され、現在は「吉屋信子記念館」として保存されています。
今回のお勧め本は、吉屋 えい子『風を見ていたひと 回想の吉屋信子』朝日新聞 1992 です。
エッセイ。吉屋信子の人生というよりも吉屋えい子の物語に吉屋家が出てくるという感じ、ところどころ面白く読めた所もあり、よく分からないところもありですが、吉屋信子の生活ぶりも分かります。
吉屋信子邸を設計した吉田五十八とは
吉田五十八(いそや)(1894–1974)は、東京生まれの建築家で、数寄屋建築を近代化した第一人者として知られています。
東京美術学校(現・東京藝術大学)で建築を学び、戦前・戦後を通じて住宅・美術館・料亭など幅広い建築を手がけました。
吉田五十八は、住宅から公共建築まで多くの作品を残しています。
日本の伝統建築である数寄屋造りを現代の生活に合わせて再構築した建築家です。大壁造や新しい障子のデザインなど、シンプルで機能的な和風建築を追求した建築家です。
👉 五島美術館(東京・世田谷)
👉 大和文華館(奈良)
👉 日本芸術院会館(東京・上野)
👉 歌舞伎座(1951年の復興修築)
👉 吉屋信子邸(鎌倉)
文化勲章(1964年)受章や日本芸術院賞(1952年)を受賞しており、日本の伝統建築を現代に生かした功績が高く評価され、没後は「吉田五十八賞」も設けられています。
まとめ
吉屋信子記念館は、昭和を代表する作家・吉屋信子が創作の日々を過ごした住まいであり、建築家・吉田五十八による近代数寄屋建築の名作でもあります。春と秋の限られた期間だけ一般公開されるため、訪れるたびに特別な時間を味わえる場所です。
鎌倉には見ごたえのある建築物がたくさんあります。
その中でも代表的なのが「鎌倉文学館」「旧華頂宮邸」「古我邸」です。
いくつかブログにあげてますので、ぜひご覧ください。
👉 2026.4.18–19|旧華頂宮邸の内部公開が貴重!昭和初期の洋館とフランス式庭園を楽しむ2日間 (鎌倉文学館と古我邸についても書いてます)
👉 2025.11.29–30 旧山本条太郎別荘 一般公開|近代数寄屋建築と庭園の魅力を楽しむガイド

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